フレイルが急に他人事じゃなくなった50代

最近、「フレイル」という言葉をよく目にするようになった。
正直に言えば、最初はどこか他人事のように感じていた。まだ自分には関係ない、そう思っていた部分もある。でも、ある時ふと「もしかしてこれは自分のことかもしれない」と感じる瞬間があった。
ここ一年ほど、以前よりも明らかに疲れやすくなった。
若い頃は多少無理をしても、翌日には回復していた。でも最近は、しっかり寝たはずなのに朝から体が重い。仕事が終わるころにはぐったりしていて、家に帰ると何もする気が起きない日もある。「年齢のせいかな」と片づけながらも、どこか引っかかる感覚があった。
気力の面でも変化を感じている。
以前は思いついたらすぐ動けたのに、最近は「あとでいいか」と先延ばしにすることが増えた。やる気がなくなったというより、心のエネルギーが薄くなったような感覚だ。挑戦するよりも、現状維持を選ぶことが増えた気がする。
外出も少し億劫になった。
休みの日は家で過ごす時間が増え、人と会う予定も減った。出かければ楽しいし、気分転換にもなるのは分かっている。それでも、準備をするまでが面倒に感じてしまう。以前の自分なら考えられなかったことだ。
さらに、肩こりや腰の違和感。
デスクワークの影響もあるのだろうが、以前よりも慢性的になっている気がする。体が硬くなり、動きが小さくなっているような印象を受ける。体の不調が気持ちにも影響しているのか、それとも逆なのか、自分でもはっきりとは分からない。
こうした小さな変化が積み重なったとき、「フレイル」という言葉が現実味を帯びてきた。
病気というほどではないけれど、なんとなく弱ってきている感覚。体だけでなく、気持ちや人とのつながりまで、少しずつ縮こまっていくような印象があった。
私はここで初めて「予防」という言葉を自分ごととして考えるようになった。
大きなことをするのではなく、まずは今の自分の状態を認めることから始めてみようと思った。「最近疲れやすい」「少し気力が落ちているかもしれない」と素直に受け止める。それだけでも、どこか気持ちが整理される感じがした。
特別なことはしていない。
ただ、朝に少しだけストレッチをしてみたり、天気の良い日は近所を歩いてみたり、肩や腰をゆっくり回してみたり。外に出るのが億劫な日もあるけれど、「ほんの少しだけ」と自分に言い聞かせて動いてみることがある。完璧を目指さず、小さな積み重ねを意識するようになった。
すると、不思議と「自分を放っていない」という感覚が芽生えた。
劇的に元気になったわけではない。でも、何もせずに衰えを嘆くより、自分なりに向き合っているという安心感がある。それが、気持ちの支えになっている。
フレイルという言葉は、最初は少し怖く感じた。
けれど今は、衰えを宣告する言葉というより、「今の自分を見つめ直すサイン」のように思えている。年齢を重ねる中での変化を否定するのではなく、丁寧に付き合っていく。そのきっかけになったのが、この言葉だった。
年齢を止めることはできない。
でも、自分の状態に気づき、小さく整えていくことはできるのかもしれない。私にとってフレイルは、不安の象徴ではなく、これからの過ごし方を考える入り口になっている。
※私は医療者ではありません。ここに書いたのはあくまで個人の体験です。不安や気になる症状がある場合は、専門家に相談することも一つの選択だと思います。
